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2013年3月

2013年3月31日 (日)

看護師不足・・・。

入院中の事は、あまり思い出したくないので、

書くつもりは無かったけど・・・。


これだけは書いておかなければなりまへん・・・。



白衣の天使なんて・・・

せいぜい全体の5%ぐらいやろぉて (ー_ー)!!



来年になったら、消費税よりも低い数字に

なってしまいまっせぇ・・・。



量も不足しとるし、質も低過ぎなんとちゃいまっかぁ・・・?


痰の吸引なんて、危なっかしいて、

見とられまへんがなぁ。



殆ど自分でやりましたわぁ・・・。


いったい正規の職員は何人おりまんのんやぁ・・・?


バイトみたいな娘ばっかり雇いよってからにぃ・・・。


なんにも頼めへんかったやんかいさぁ・・・。


しっかりしてほしいなぁ・・・市民病院 (#一_一)。



せめて、心だけは、失わんといて欲しいねぇ。


大切な家族を、お預けしているんやさかいに。


国民みんなの、お願いやから・・・(-_-)zzz。

在宅医療・・・。

退院のとき、在宅医を見つけるのに苦労した・・・。


なかなか見つからないんだよ・・・。


2~3日はかかったかなぁ・・・。



それもこれも、かかりつけ医のせいやったぁ・・・。


最後の入院前まで、4年間もの間・・・(-_-)zzz


在宅医療をお願いしていた

お医者さんの無責任さよ・・・(--〆)。



退院の時・・・引き続き依頼をしたんだが、

ふたつ返事で拒否してきよった・・・ (-_-メ)。



どういうこっちゃねん・・・。


終末医療はお断りやとぉ・・・。


酸素吸入や点滴治療は採算が合わんとな?


情けないったらありゃしない・・・。



さんざん4年間・・・甘い汁を吸っておきながら、

こちらが大変な時にトンズラかますやなんて!


もう呆れるたりゃぁありゃしない・・・。


それが日本の医療従事者の大半なんかぁ・・・?


悲しいのぉ・・・この現実。


使命感のかけらも無い奴ばっかりやぁ・・・。



結局・・・うちの市内にある在宅医、全部に

電話しても受けてくれる医者は一人も

おらんかった・・・。



しゃぁないから・・・(ー_ー)!!。


病院のネットで調べて、隣の市の先生に

依頼したやんかいさぁ・・・。


いろいろ対応に不満はあったけど、

受けてもらう事が先決やったからねぇ・・・。


在宅医が決まらん事には退院すら出来

まへんからなぁ・・・。


どう思いますぅ・・・この仕組み?



後期高齢者が増大し続ける日本の将来に・・・


不安たっぷり冷や汗 (;一_一)タラタラ。

最後の入院・・・。

この6年間で、母は4度の入院をした・・・。


1回目は2008年12月に3日間・・・。


2回目は2009年9月に3週間・・・。


3回目は2009年12月に4週間・・・。


そして4回目が2013年1月~2月に

かけての5週間だった・・・。


最後の入院で、飲食ができなくなってしまった・・・。


誤嚥性肺炎の為、点滴だけの栄養、水分補給が

2ヶ月続いたんだなぁ・・・。


病院で1ヶ月強・・・自宅で1ヶ月余り・・・。


自分の意思を伝えることができない母に対して、

中心静脈栄養や胃ろうなどの処置は控えた・・・。



できるだけ自然のままで過ごさせてやりたかったから。


自分の生命力を全うしてほしかったから・・・。


私はそれで良いと心に決めていた・・・。


そこだけはブレずに済んだ・・・。


でも最後の入院では、いろいろあったなぁ・・・。


退院のときも大変だったなぁ・・・。


詳しくは申し上げられないが、ひとつだけ言える

ことは、自分は2度とあの病院には行かない・・・


そう心に決めている。



日本の病院・・・もっとしっかりせぇよ (ー_ー)!!

何も頼れなかった・・・。

この6年間・・・頼る人が居なかった。


介護も医療も完全に任せる事が出来

なかった・・・。


ひとに任せる事ができれば、もっと

楽だったのかもしれません・・・。


でも、後半の3年間は、脳出血の後遺症で

自らの意思伝達ができない母から、目を

離すことが出来なかった・・・。


ずっと傍で見守っておきたかった・・・。


これは自分の性格だからしょうがない・・・(--〆)。



他人に厳しく自分に甘い・・・わがまま勝手で

難儀な男でございます・・・。


でも自分なりに判断してやってきた事は

それはそれで良かったと思う・・・。



最後の晩も、救急車ではなく在宅医療の

先生に電話をすべきだったのか・・・?


でも在宅医療の先生を信頼できなかった

んだからしょうがない・・・。


すぐに駆けつけてくれるとは思えなかった

んだから許しておくれ・・・お母さん。


実際、翌朝8時ごろでないと来られない

先生が殆どだと聞いている・・・。


ならば訪問看護ステーションに電話を

すれば良かったのか・・・?


緊急時の場合は、誰が来るかも判からない・・・。


見知らぬ看護師が、今この時に来たところで

どうなるだい・・・?


ふと、そう考えてしまった・・・(;一_一)。



どれもこれも推察の域を脱しないが・・・


そう自認しておかなければ、心が落ち

着かないんだよ・・・(-_-)zzz。



頼りになるひと・・・。


欲しかったなあぁ・・・。


でもまぁ~しゃぁ~ないかぁ~。



それもこれも、自業自得なんやから・・・。


みぃ~~んな、今後の糧にするしかないかぁ (ー_ー)!!

在宅で看取る難しさ・・・。

初七日、二七日、三七日と済ませ、

やっとパソコンの前に座る気持ちに 

なりました・・・。



2007年ごろから母の容態がおかしく 

なり、寄り添う時間が増えました・・・。


あれから6年の歳月が流れ、

今月まで、出来る限りの介護

をしてきたつもりでした・・・。


後悔しないように努めてきた

つもりでした・・・。


しかしながら終わってみれば、

後悔の念が収まることはありません。


先月、自宅で看取る為に退院した

はずだったのに・・・。


最後の最後で思いを遂げられなかった。


ごめんね・・・母さん (*_*;。


酸素濃度が回復せず・・・


呼吸が乱れ・・・


脈が乱れ・・・どんどん落ちてゆく。


そしてたまらず救急車を呼んでしまった・・・。


もしかしたら、また回復するかもしれない・・・。



気管に溜まっている痰を吸引してもらえば、

酸素濃度も回復するかもしれない・・・。



そう思ってしまった・・・。



往生際の悪い男です・・・。


今想えば、母には臨終の兆候がみられて

いたのに、辛い思いをさせてしまった・・・。



結局、深夜の零時に搬送されて、早朝4時に

母は息を引きとった・・・。



あのまま家に居ればどうなっていたのか・・・?



少なくとも、ずっと母の手を握って看取ることが

出来ただろうに・・・。



病院のICUでは、1時間余りしか母と寄り

添えなかった・・・。



最後の最後で、3時間ほど母をひとりに

してしまった後悔の念・・・。



この想いを脳裏から消し去るには、

相当の時間を要することでしょう・・・。



在宅で看取るって・・・ほんと

勇気のいる事だと思います・・・。



最後の最後で、大きな課題を、

母から授かったおもいです・・・(-_-)zzz。

心の共生は永遠なり・・・(-_-)zzz。

2013年(平成25年) 3月・・・

母が永眠いたしました。


父が亡くなって28年余り・・・

共に過ごせた日々に感謝!


「心に存在し続ける限り、

   人は生きているのだ・・・。」



母は私の心の中で生きているし、

いつまでも生きていくだろう。


となると、死というのは、

単に消滅するとか、

関係が切れるということではなくて、

いつまでも心の中で精神的に

共生していくことなんだ・・・。


「死=共生」というふうに、

私なりに気づいて

答えを出していこう・・・。


柳田邦男『心の深みへ』 少改



このブログを通して・・・

両親との記憶を辿りながら、

父母を偲んで参りたいと思います。


私なりの答えを探すために・・・。


自分が少しでも成長するために・・・。



先祖代々 子々孫々(すえずえ)に 

          心と行い正すなり・・・。

            合掌・・・(-_-)zzz。

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