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2013年4月

2013年4月30日 (火)

優しい母・・・。

母を介護してきた6年間・・・。

母は本当に優しいひとだった・・・。


脳幹出血で倒れる前までは、寝る前に

水分補給や血圧、体温測定などをした際、

「ありがとね・・・。」と、いつもひと声

かけてくれました・・・。



2009年秋、脳幹出血で要介護2から要介護5

なったのも、私の介護負担を考えての事だった

のかもしれません・・・。



周りの状況、自分の事、全てが分からなくなって、

外へ外へと出たがり始めた矢先でしたね・・・。



でもなぜか、入院前日は穏やかだった事が、

今も想い出されます・・・。



入浴後に一緒に見ていたプロ野球の阪神戦。


微笑みながら、安らかな顔をして座って

いましたね・・・。



何を思い、何を感じていたのでしょうか・・・。


今となっては・・・


「我が人生に悔いなし」という

心もちだったんだと信じたい・・・。



そして今年、2013年に自分の命を終えたのも、

私の身体の限界を肌で感じていたのでは

ないだろうか・・・。



私が立ち直れるギリギリの所で、自ら判断して

逝ったように感じます・・・。



今思えば、母は常に引き際を考えてくれて

いたんだなぁ・・・(-_-)zzz


常日頃・・・母は


「お前に迷惑をかけずに、逝くときは

ポックリ逝きたい・・・。」


と申しておりました・・・。



いつも自分以外のひとの事を考えて

生きていたひとだから・・・。



自分の事より子供の事・・・お友達の事、

ご近所さんの事、遠い親戚の事なんかを、

気にかけて生きていたんだよね・・・お母さん。



ほんと・・・ありがとう。



四十九日法要を終えて、み仏さまになりましたね・・・。


生前から・・・み仏さまのようなひとでしたから・・・。


いつまでも信じていますよ・・・


お母さん。     合掌 (-_-)zzz。

2013年4月29日 (月)

金剛界曼荼羅・・・。

五仏=五智如来なり・・・。



大日如来を中心に・・・



東方に阿閦(あしゅく)如来・・・


南方の宝生如来・・・


西方の阿弥陀如来・・・


北方の不空成就如来 なり・・・。



中心プラス四方四体 (ー_ー)!!


これが一番、安定するのか?


     合掌 (-_-)zzz。

阿弥陀如来・・・。

阿弥陀如来といえば、一般に念仏の本尊として

知られている・・・。


その語源は梵語で、寿命の無量なることを表す

アミターユスと、光明の無量なることを示すアミターバ

のふたつがあり、両方の徳を兼ね備えたみ仏であると

されている・・・。


密教においては金剛界曼荼羅の五仏(五智如来)

の一尊として重要な位置を占め、大日如来の西方に

配されている・・・。


阿弥陀さま・・・


今日も一日、つとめます。


    合掌 (-_-)zzz。

2013年4月26日 (金)

私の宝物・・・。

それは母の安らかな寝顔であり・・・

抱きかかえた身体の温もりである。


在宅介護の場合、ひとりの家族が多大な

負担を強いられると嘆くひとがいる・・・。


しかし私には、そのような気持ちは無かった・・・。


むしろ母をひとり占めして、申し訳ないと

思っていたくらいである・・・。


兄弟や親戚、ご近所さんに友人その他・・・

みんなよく協力してくれたし、介護保険も

フル活用できた・・・。



そんな中で、自分自身が精魂込めて

母に寄り添うことが出来た・・・。



6年間・・・ほぼ24時間ふれ合えたという事は、

それだけで一生分つれ添えたと思う・・・。


ありがたいことです・・・。



さぁ明日はいよいよ四十九日法要・・・。


しっかりお勤めして、母を仏様のもとへ

送りだそう・・・(-_-)zzz 合掌。

私の勲章・・・。

それは、母の在宅介護中あるいは入院中に、

自分自身が倒れなかったことだ・・・。


在宅介護を経験されたご近所のかた・・・

親戚のみなさん・・・友人関係・・・etc、

どなたに聞いても、風邪やその他体調不良で、

ご自身が倒れた経験がおありであった・・・。



その間は、被介護者をショートステイに預けたり、

病院へ入院させたりして、苦労されておられる・・・。



それを機会に、老健や特養に入所させた方も

おられるようだ・・・。



しかし私は最後まで倒れなかった・・・。


6年間、風邪で寝込むこともなかった・・・。


これだけは、自分で自分を褒めてやりたいと思う・・・。



どんな時でも、毎日、食事介助をし、オムツを交換し、

母のからだを清拭し、体位交換をしてきた・・・。



入院しても、毎日、母のベッド横で寝泊りしてきたし・・・

在宅介護時も、一日も欠かさず、母のベッド横で

布団を敷いて見守ってきた・・・。


風邪ひとつひかずに寄り添ってきた・・・。


このことだけは、ほんと、よく頑張ったと思う・・・。


相当、気が張っていたんだろうね・・・。



「病は気から・・・。」とは、よく言ったもんです・・・。


「今は絶対に病気になるわけにはいかないんだ・・・。」


そういう気持ちが、病気を私から遠ざけたんだろう・・・。



まわりの関係者、皆さんにもお礼を言わなければ

いけませんね・・・。


ありがとうございました・・・!(^^)!


そして今・・・私に、病が一気に降り注いでいます・・・。


まずは、歯の治療から、始めておる次第で

ございます・・・(~_~;)アセアセ。

2013年4月25日 (木)

2008年 原爆ドーム・・・。

北京オリンピック真っ最中のある日・・・。

大学4年(孫)のしょうくんが、ふらっと

我が家へやって来た・・・。


どうやら「夏休みひとり旅」だそうだ・・・。


青春18きっぷを買って、

東京から大阪までやって来たという・・・。



若いねぇ・・・。


青春だねぇ・・・。


でっ・・・どこへ行きたいの・・・?


と尋ねたところ「広島 原爆ドーム」だという・・・。


社会派だねぇ・・・しょうくんは (^_^)。



もちろん、お祖母ちゃんも行った事ないし、

OK牧場!


おじちゃんは、喜んでハンドルを握るよ・・・。


でも、その頃は、さすがに日帰りはもうきついと

判断して、ネットでホテルを予約・・・。


「ツイン プラス ワン」という3名でお得な

料金設定がありました・・・。


よしっ、これだ・・・早速クリックして予約完了!



広島へ、いざ出陣!


今回は阪神高速~山陽自動車道~中国自動車道

を経由して広島入りでございます・・・。



途中、オリンピック日本代表が韓国に敗れて、

メダルを逃す大失態・・・(;一_一)。


カーラジオを聞きながら、わいわいガヤガヤ

お祖母ちゃんとの3人ドライブ・・・。


楽しかったねぇ・・・しょうくん。


無事お昼過ぎに広島へ着いて・・・

早速、ホテルに荷物を置いて・・・

休む間もなく広島名物「路面電車」に乗って

原爆ドームへ GOGOGO!



初めての土地で、お祖母ちゃんも楽しそう

だったよ・・・しょうくん。


広島市民球場が、原爆ドームのまん前にあった

なんて・・・知らなかったよねぇ・・・。


ええ勉強させてもらいましたわぁ・・・。


帰り道・・・夕食を見知らぬビルの最上階で

食べたりなんかして・・・。


お祖母ちゃんも食欲旺盛だったなぁ・・・あの頃は。


そんなこんなで、原爆ドーム(平和公園)観光も、

夕方5時過ぎには終わりました・・・。


その後しょうくんは、宮島へも行きたそうだったので、

ひとり路面電車に乗って行きましたねぇ・・・。


おじちゃんとお祖母ちゃんは、ホテルに帰って

おやすみする事に致しました・・・。


体力的にお祖母ちゃんには、ちょっときついと

思ったので・・・ごめんね、しょうくん・・・。


でも、ホテルに着いたとたん、広島は大雨に!


行かなくて良かったぁ・・・。


年寄りには、ちと無理だったわぁ・・・。


お祖母ちゃんの守護神に感謝 !(^^)!。


そんな中、しょうくんは無事に宮島観光を

一人で終えて、深夜にホテルへ帰って

来ましたねぇ・・・。


そしてお腹が空いたと言う事で、

一緒に深夜・・・ホテルで広島モダン焼きをチャージ!


少々高かったけど、美味しかったね・・・しょうくん (*^_^*)。


お祖母ちゃんも、夢の中でご馳走になった事でしょう・・・。


いい想い出ができましたねぇ・・・。

ありがとう・・・しょうくん。


翌日、しょうくんは四国~中国~九州へと・・・

青春18きっぷで更に西へ・・・。


おじちゃんとお祖母ちゃんは、車で帰宅致しました・・・。


でもね、お祖母ちゃんは、結構げんきだったので、

途中、北上して鳥取の境港方面へ立ち寄ったんだよ。


正福寺というお寺もあるそうなのでね・・・。


楽しかったよ・・・ありがとさんさん!


              合掌 !(^^)!

2013年4月24日 (水)

2008年 お遍路さん・・・。

ゆうちゃんが帰ってすぐ・・・

入れ替わるようにそうくん(孫)がやって来た。


大学に合格して、お祖母ちゃんに報告だとよ・・・。


いい子だねぇ・・・まったく (^_^)。


そうくんは「どこか行きたい所はあるのかい・・・?」

と尋ねたところ・・・


「四国八十八箇所巡りがしたい・・・。」という。


「お遍路さんかい・・・?」


泣けるねぇ・・・お寺好きのお祖母ちゃんに

あまり気を使わなくてもいいんだよ・・・そうくん。


でも本人は本気らしく、是非とも行きたいというので、

ここは一番、おじちゃんがハンドルを握ることに

いたしましたよ・・・。



2006年頃にドライブがてら、「十七番 井戸寺」

だけはお参りしましたが・・・。


さぁて今回は、日帰りでどこまで巡れるでしょうか・・・。


朝一番・・・簡単なお弁当やパン、ジュースなどを

コンビニで買って、いざ出陣・・・(*^_^*)。


阪神高速~第二神明~明石海峡大橋~鳴門大橋

を経て、四国へ上陸・・・。


高松自動車道を経由して「一番札所」へ・・・。


そうくんは、そこでお祖母ちゃんに「白装束」や「杖」

「笠」などを買ってもらいましたねぇ・・・。



今も大事に持っていてくれて、ありがとねぇ・・・。


結局、車で回って「一番」~「十番」までお参りしましたね。


いっぱいいっぱい、お祖母ちゃんと一緒に写真やビデオを

撮らせてくれて、ありがとね・・・そうくん。


お祖母ちゃんと、「次は11番から、また参りましょうね・・・。」

と言って帰路につきました・・・。


ほんと、もう一度いっしょに行きたかったね・・・。


でもお祖母ちゃんは、そうくんと一緒に「十番」まで

お参りできて幸せだったよ・・・。


ありがとね・・・そうくん。


いいこだよ・・・お前さんは・・・。


         合掌 !(^^)!

2008年 鳥取砂丘・・・。

2008年は孫たちがよく遊びに来てくれた・・・。


おかげで母と二人では、なかなか行かないような

所でも、「孫が行きたいというのなら・・・。」という

ことで、よく遠出したもんです・・・。


まず想い出に残っているのは鳥取砂丘かなぁ・・・。


社会人1年目を間近に控えたゆうちゃんが、

「鳥取砂丘」へ行ってみたいと言うから、

さぁ大変・・・。


3月初旬はまだまだ寒いかも・・・?


風がきつかったら、年寄りにはちょっと酷かも・・・。


やや不安要素はあったが、孫の希望とあらば、

母はノーとは言わないひとだ・・・。



山道の凍結が心配だったので、電車で行くことに

いたしました・・・。


JR三宮駅から特急に乗り換えて

約3時間ぐらいかかったかなぁ・・・。


国立大学の受験日だったらしくて、

けっこう電車は満席でした・・・。


鳥取駅からはタクシーで鳥取砂丘へ・・・。


時間にして15分くらいかなぁ・・・。


2500円ぐらいで到着しました・・・。


結構、ものごしの優しい運転手さんだったので、

「帰りも迎えに来てくれますか・・・?」と尋ねたところ、

「いいですよ・・・何時ごろですか・・・?」と言うので、

「午後4時ごろに・・・。」というこで予約完了・・・。



3人で鳥取砂丘の駐車場に降り立って、

目的の砂丘へ向かいました・・・。


幸い3月にしては天気も良く、風もあまり吹いてなくて、

現地のひと曰く・・・

「最近じゃぁめずらしいくらい好天ですよ・・・

いい日に来ましたね・・・。」だって・・・。


お母さんは本当に、何かに守られていたひとだった。



鳥取砂丘では、らくだに乗って、馬車に乗って、

もちろん砂丘にも登って、一日を孫と一緒に

満喫いたしました・・・。


でもねぇ・・・さすがに砂丘は頂上まで登れ

なかったね・・・お母さん (;一_一)。


見た目以上に距離も長く、風も上に行くほど

強くって・・・80歳前のお年寄りには、限界

でしたぁ・・・。


半分登ったところで「ゆうちゃん一人で登ってきな・・・。」

と言って、母と私はUターン・・・。


母の肩をしっかり抱いて、私が風よけになりながら、

ゆっくりゆっくり引き返しましたね・・・。


母の小さくなった背中を、腕で感じながら、

ちょっと潤っときた一瞬でしたよ・・・(@_@)。


その後、タクシーの時間まで、少し時間が

あったので、おみやげ物屋さんや、展望台

などへ行ってみました・・・。


展望台へは二人乗りのリフトで、孫と一緒に

行きましたねぇ・・・。


お母さん・・・楽しそうだったなぁ。


私は、その前のリフトに一人で乗って、

しっかり孫とのツーショットをビデオに

収めましたからね・・・。


展望台でも、他の孫たち用にお土産を買って、

定刻どおりタクシーに乗って帰りました・・・。


しかしながら鳥取駅では、帰りの特急は

少し乗り継ぎが悪くって、帰宅が夜の

10時ごろになってしまいましたね・・・。



ごめんなさいね・・・お母さん。


でも、ほんといい想い出になりましたぁ。


ゆうちゃん・・・ありがとね。


お祖母ちゃんは幸せでしたよ・・・。

            合掌 !(^^)!

2013年4月23日 (火)

2002年 総持寺・・・。

永平寺といえば総持寺をお参りしなければ・・・。

という事で2002年・・・神奈川「総持寺」へも行って

参りましたねぇ・・・。


永平寺と総持寺は曹洞宗の2大総本山

でございますから・・・。



何とか母を連れて行きたくて・・・。


その機会を待ってました・・・。


そんな折、初めてビデオカメラを買ったんだよ・・・。


そしたら孫のところへ行きましょう・・・

という事で、首都圏へ遠征したわけです。


前日に、孫と一緒に遊ぶ母を、たっぷりビデオに

収めて、翌日いざ出陣・・・。


総持寺へと向かったとさ・・・。



もちろん、どこへ行くにもビデオカメラは

持ち歩いていましたよ・・・。


駅から降りて、正門まではぐるぅっと半周まわった

でしょうか・・・やっと着いて・・・


「ここが石原軍団で有名な総持寺かぁ・・・。」


などと言いながら、母の姿を終始、バッチリと

ビデオカメラに収めました・・・。



総持寺というのは神奈川県の鶴見だったかなぁ・・・。


電車で参りましたかねぇ・・・。


まぁ都会のど真ん中っちゃぁど真ん中の

部類でしょうなぁ・・・総持寺は。



だから永平寺に比べると、あまり荘厳な

雰囲気はございませんでした・・・。


それでも緑豊かな風情のなか、母と一緒に

お参りした想い出は、決して忘れないでしょう・・・。



母が元気に歩く姿も・・・ビデオにきっちり

残っているしね・・・。


ありがとう・・・お母さん。


         合掌 !(^^)!

東大寺・・・。

度々お参りした所といえば・・・

奈良「東大寺」へも、よくお参りましたね・・・。


私が小さい頃の白黒写真もいっぱいあります・・・。


大きな鹿にえさ(鹿せんべい)をやっている

写真など数知れず・・・。


おそらくお父さんが撮ったものでしょう・・・。


懐かしいねぇ・・・。



ふたりで暮らすようになってからは、

1990年代に1回・・・

2007年にもう1回、お参りしましたね・・・。


いずれも車で行きましたかねぇ・・・。


1990年は初詣に・・・。


2007年は、お母さんのビデオ撮影に (~_~;)。


映像もいっぱい残す事ができましたよ・・・。



さっそうと歩くお母さん・・・。


大勢の人ごみの中で、ハニカミながら髪を整える

お母さん・・・。


ありがとぉねぇ・・・お母さん。


でも私自身、まだお母さんの映像は、

再びビデオで見る気持ちにはなりません・・・。



その時の思い出を、可能な限り自分の頭の中で

再生しているところですから・・・。


いつになったら見れるようになりますかねぇ・・・。


今は祭壇の遺影を見つめながら、

ただただお祈りしている毎日です。


          合掌 (-_-)zzz

2006年 永平寺・・・。

永平寺には2006年にも、お参りしましたね・・・。


今度は電車JR「特急サンダーバード」に乗ってね・・・。


でもJR福井駅からが大変でしたぁ・・・。


えちぜん鉄道への乗り継ぎに2時間ぐらい

待たされましたっけぇ・・・(~_~;)



永平寺口駅からもバスに乗らなくてはならず、

ちょっとしんどかったかな・・・お母さん。


結局、永平寺に到着したのは午後3時を

過ぎていましたね・・・。


でもお母さんは元気いっぱいでした・・・。



急いでお施食供養の手続きをして、

ふたりでお参りさせて頂きました・・・。


今回は5~6組の家族が一緒で、

ご供養しましたねぇ・・・。


みんなで一緒にぐるぐる回ったりなんかして、

ちょっと珍しいご供養でございました・・・。



お土産に永平寺の大きな冊子などを頂いて、

今回もとても記念になりました・・・。


どうでしょう・・・お父さんに会えましたか?


もうすぐ、お母さんの「喉仏」も・・・

永平寺さんに持って参りますからね。



でも、家の仏壇にも、ちょっとの間いて欲しい

気もあるんだよなぁ・・・。


1年ぐらいは、傍に置いておきたい心境です。


              合掌 (-_-)zzz

お参り・・・。

お母さんは、ひとりでも色んな所へ

お参りしていましたねぇ・・・。


お友達ともいっぱい行ったよねぇ・・・。


お寺の「ご朱印」手帳を見れば、

よぉく分ります・・・。


でも、お父さんが亡くなってからは、

僕とふたりでお参りする事もありましたねぇ・・・。



最初に行った有名どころは・・・

何処だったでしょうか?


多分、東京ドームが出来た1988年頃に、

日光「東照宮」へお参りしたんじゃぁなかったかなぁ・・・。


何線かは忘れたけど、電車に乗って行きましたね・・・。


「みざる」「きかざる」「いわざる」・・・「三猿」で有名な

ところでした・・・。



お土産の「印籠」は、今でもお部屋に飾ってますよ・・・。


さてさて、次に想い出に残っているのは・・・

福井「永平寺」ですねぇ・・・。


1990年頃の秋口だったでしょうか・・・。



車でドライブしながら行きましたね・・・。


父の「喉仏」を納骨に参りました・・・。



お寺では単独で供養をしていただいて、

身も心も洗われた気分でした・・・。



肩の荷もおりたような、不思議な体験も

致しましたよ・・・。


記念に「数珠」もお揃いで買いましたね。


その後ふたりで法事には、大切に使って

参りましたね・・・お母さん。


お母さん亡き後は、ちゃぁ~~んと孫の

ゆかちゃんが引き継いで、大切に使って

いますよ・・・。


安心してね・・・お母さん


         合掌 !(^^)!

2013年4月22日 (月)

東京ドーム・・・。

近所の甲子園球場には、70歳過ぎるまで連れて

行けなかったのに・・・。


東京ドームへは、なぜか行っていた母・・・。



東京ドームが出来た1988年頃に・・・

私は母と一緒に東京ドームへ参りました・・・。



当時はJR水道橋駅だったかなぁ・・・一緒に

電車で行きましたね・・・。


特に予定ではなかったんだけれど、せっかくだから

という事で「観ていこうかぁ・・・」ということに・・・。



別にチケットは持ってなかったんやけど・・・

日本ハムvs南海 戦だったので、

楽々外野席が買えましたとさ・・・ (~_~;)。



試合内容等は、あまり記憶にないけれど、

外野席の急勾配が印象的でした・・・。



あと南海「門田博光」のホームランが見れて

よかったなぁ・・・。


あれから20年・・・。

どうしても母を 巨人vs阪神 戦へ連れて

行きたくて・・・。


2008年に、今度はローソンチケットで

内野席を予約して参りました・・・。


最寄の駅は都営三田線の水道橋駅だったかなぁ・・・。


一緒に地下鉄に乗って行きましたね・・・。


2008年頃は、お母さんもまだまだ健脚で、

歩くことはへっちゃらでしたが・・・


東京ドームの内野2階席へ行くのに、

階段の多いことったらありゃしない・・・(;一_一)。



指定された入り口へ行くのに、エレベーターは

無いんかいなぁもぉ・・・。


お年寄りには酷でっせぇ・・・。


勉強不足でようわからんかったさかいに、

お母さんを延々と階段昇りさせる事に

なってしもうたがなぁ・・・(@_@)。



ごめんねぇ・・・お母さん。


でも試合内容は阪神のホームラン攻勢で、

完勝でしたねぇ・・・楽しかったぁ。


ホームランの度に、周りの阪神ファンとハイタッチ

なんかしたりなんかして・・・。


別に知り合いでも何でもなかったけど、

自然にやっちまいましたねぇ・・・お母さん。


盛り上がったかい・・・。


もういちど、東京ドームにふたりで行けて、

ホントよかったよ・・・。


でもその年は、阪神は夏までぶっちぎりの1位

やったけど・・・その試合を境に、結局、巨人に

優勝をさらわれたりなんかして・・・。



まぁ、色々とございますわなぁ・・・。


それも人生とちゃいまっかぁ・・・。


何はともあれ、東京ドームも満喫して

くれましたか・・・?


お母さん・・・ありがとう。

         合掌 !(^^)!

甲子園球場・・・。

近くて遠い「甲子園」・・・。


私が高校球児だった頃、そんなイメージが

常に頭の中を支配していました・・・。



でもね、地の利というかなんていうか、

中学生のときに練習で1回・・・。


高校生のときに県予選で2回・・・。


幸いにも私は、甲子園の土を踏みました・・・!(^^)!


甲子園での通算打率は・・・

ナナナント・・・10割でごわす エッヘン(^_^)。


6打数6安打・・・キャッホイ!(^^)!


結局、相手が弱かったんです・・・(~_~;)ポリポリ



それより、観戦回数はと申しますと・・・

数え切れないほどでございます・・・。


子供の頃は「阪神子供の会」でのプロ野球、

内野席無料観戦が主・・・。


高校野球の外野席無料観戦も沢山行ったよ・・・。


大人になってからも、もう何回いったことやら・・・。


そんな甲子園球場なんですが、母は70歳過ぎるまで、

一度も行ったことが無かったんです・・・。


これではいけないと思い、孫の通っている学校が

甲子園へ出場した事(別に本人は野球部員では

ございませんが・・・)を機に、母を連れて参りました。



春のセンバツ大会に2回・・・。


夏の選手権大会に2回・・・。


計4回、晩年に母を甲子園球場へ連れて行く

事ができました・・・(~_~;)。


楽しんでくれたかなぁ・・・お母さん。


綺麗だったろぉ・・・。


迫力満点だろぉ・・・。


春のセンバツ大会では、アルプススタンド

へ入って、応援で来ている孫を、スタンドの

下へ呼び寄せたりなんかして・・・

(もちろん引率の先生の許可を得てですよ・・・)。



その時お母さんは、こっそり孫のはるちゃんに、

お小遣いをあげてましたね・・・(;一_一)チラチラ。


もぉ・・・孫には甘いんだから・・・。


夏の選手権大会はと申しますと、とても暑いので、

銀傘のあるバックネット裏で観戦しましたね・・・。


机つきのグリーン・ボックス席でね・・・。


お弁当食べながら、大学の応援さながらの

サウンドを耳にして応援しましたね・・・。


脳裏に焼きついたかい・・・?


そして最後に行ったのは2009年、

春のセンバツ大会でした・・・。


その時はもう、なかなかうまく歩けなくて、

苦労しましたねぇ・・・。


駅の階段も大変でした・・・。


オイ!阪神甲子園駅よ・・・

エレベーターかエスカレーターを早くつけなはれ!


もう付けとるかぁ・・・?


2009年当時は大変やったぞぉ・・・。


そんなこんなで、休み休みしながら、

何とか外野席の最前列に辿り着いたね・・・お母さん。


30分ぐらい観戦しましたかねぇ・・・。


するとホームランが目の前に飛び込んできて、

ビックリクリクリクリックリッ!


ジャストタイミングだったね・・・。


リニューアルした甲子園球場・・・、

ひと目みれてよかったよ・・・。


でも、ちょっと無理をさせてしまったかなぁ・・・。


ごめんね・・・お母さん。


歩けるうちに、是非いっしょに行きたかったんだよ。


ふたりで観戦できた想い出は、

僕の大切な宝物だ・・・。


ありがとう・・・お母さん。


感謝!感謝! (*^_^*)


         合掌 (-_-)zzz。

2013年4月21日 (日)

花は・・・。

時が来たならば ちゃんと咲き

そして黙って

褒められても 褒められんでも

すべきことをして 黙って去っていく

そういうのが 実行であり

教えであり 真理だ

真理を黙って実行するというのが

大自然だ

その大自然の法則を真似て

人間が暮らすんだ


       合掌 (-_-)zzz

学ぶは真似ぶ・・・。

老師曰く・・・


人間は真似をせないかん

学ぶということは

真似をするというところから

出ておる


1日真似をしたら 1日の真似や

それで済んでしまったら

2日真似して それで真似せなんだら

それは2日の真似


ところが一生真似しておったら

真似が ほんまもんや


     永平寺 宮崎奕保禅師

2013年4月20日 (土)

大相撲・・・。

よく観に行きましたねぇ・・・お母さん。


初場所(両国)に3回・・・。


大阪場所へは2回・・・。


秋場所(両国)には5~6回・・・。


合計10回以上は行きましたかねぇ・・・

大相撲観戦 !(^^)!



家に居るときだって、大相撲がある時は、

毎日のようにテレビ観戦してましたからね

・・・お母さんは。



お裁縫などをしながら、当時NHKBS2の

大相撲放送が定番でしたね・・・。



お昼過ぎ(午後1時)からやってたもんなぁ・・・。


いつも最後まで見てました・・・。


ほんと・・・あんたも好きねぇ♪


って感じでしたねぇ・・・。



台所に移って食事の準備をする時も、

ラジオをダイニングに置いて、大相撲中継を

聴きながらお料理してましたぁ・・・。



取り組みが時間いっぱいになると、

あわててテレビの方へ走るもんだから、

もう危なっかしくて、しょうがありませんでしたよ。



実際に観戦に行った時も、序の口、序二段、三段目

の相撲から熱心に見ていた・・・お母さん。


入り口でいただく「本日の取り組み表」を膝の上に

置いて、ボールペン片手に熱心に勝ち負けをつけて

いたことが、懐かしく想い出されます・・・。



2階の椅子A席を買って、お客さんが増えてくるまで、

ふたりで升席に座ったりなんかして、ハラハラどきどき

楽しかったなぁ・・・(*^_^*)。


お母さん・・・楽しんでくれましたかぁ・・・。



天国でも大相撲はやってるのかなぁ・・・・?



大鵬vs柏戸・・・。


若乃花vs栃錦・・・。


はっけよぉ~~い・・・のこったっぁ!


なんちゃってね・・・。


天国で、今度はまた、お父さんと一緒に

大相撲ダイジェストでも見ているのかな (*^_^*)?

2005年 愛・地球博・・・。

70歳過ぎてからも、いろんな所へ行きましたねぇ・・・。


2005年の愛知万博なんか、どうでしたかぁ?


新幹線に乗って、在来線に乗り換えて、

モノレール乗って、ふたりで行ったっけかなぁ・・・。


車じゃなかったから渋滞は無かったんだけど、

入場者10万人を超える日に行っちゃってねぇ、

大変やったねぇ・・・お母さん (~_~;)。



朝早く行ったんだけど、駅から降りたら、

もう長蛇の列が眼下に見えましたねぇ・・・。


結局、入場するのに2時間ぐらいはかかったかなぁ。


暑いさなかに、ごめんやしておくれやして、

ごめんやっしゃぁ・・・。


入場後も暑かったしなぁ・・・。


パビリオンの予約なんかも、してへんかったから、

結局2~3個のパビリオンしか入れなかったねぇ。



運よくトヨタ館のチケットもらったんで、

それはラッキーやったけどね・・・。


結局、日本館とトヨタ館と、あとロープウェイぐらい

やったかなぁ・・・印象に残ったのは。


あとはもう人気の薄いところを外から眺めて、

各国のパビリオンの前で、記念撮影しましたなぁ・・・。



そうこうしてるうちに夕方になって、帰りの混雑を

避けようと、早めに電車で帰ってよかったね。


何せ、電車に乗ったとたんに、突然の豪雨やったから・・・。


あの時はホンマ助かったよねぇ・・・お母さん。


孫へのお土産も間に買ってたし・・・。


終わり良ければ全て良しだね・・・。


そんでもって帰宅したらすぐに、孫から電話が

ありましたかねぇ・・・。


ジャストタイミング!


ホント・・・お母さんは、いつも何かに守られている

ようなひとでした・・・。


お父さん、お母さんと一緒に行った大阪万博・・・。


お母さんと一緒に行った神戸ポートピア博・・・。


お母さんと再び行った愛・地球博・・・。


楽しかったね・・・お母さん !(^^)!


ありがとう!

2013年4月18日 (木)

悲しみからの脱却・・・。

どうしても悔やまれる事ばかりが、

ふとした拍子に頭をよぎり・・・

母が居ない空間は、悲しみにつつまれる・・・。



そこから脱却する為には、どうすれば

いいんだろうか・・・?



今も祭壇へは、いろんな方々が弔問に

参りますが・・・。


そんな折、昨日、いいお話を聞かせて

頂きました・・・。


それは・・・


「残された家族は・・・『こうすればよかった。』

などと思ってはいけない。こじつけでもいいから

『こうだったのはよかったね・・・。』と、

よかったこと捜しをしなさいね・・・。」


ということです・・・。



たしかに後悔して自分を責めるほうが、

実はずっと簡単なのかもしれないね・・・。


よかったこと捜し・・・そうだよねぇ。


母には、いっぱいいっぱい幸せなことが

あったはずなのに・・・。


残された家族が後悔ばかりしていては、

もったいないよねぇ・・・。


申し訳ないよねぇ・・・。


そうそう・・・頭の中を切り替えて、

これからは、どんどんよいこと捜し

してみようと思います・・・。


そのほうが・・・母も喜ぶことでしょう (^_^;)。

2013年4月17日 (水)

父さん・・・。

ごめんね・・・。


ここ数年、母の介護にかかりっきりで、

お墓参りも、仏壇への合掌も、

おろそかになっちゃって・・・。


申し訳ございません・・・。



お父さんなら許してくれると思って、

お言葉に甘えちゃってました・・・。


もうすぐ母の四九日法要ですから、

位牌も出来上がってきたし、

今日は、仏壇のリフォームと掃除を

致しましたよ・・・。



飾りやライトも新調して、障子も張り替えて

準備万端でございます・・・。



ライトなんかLEDになっちゃった・・・。


時代やねぇ・・・。


お父さん・・・分るかぁ・・・?


おかげで30年近くたった仏壇とは

思えないぐらい、綺麗になりましたよ・・・。



もうすぐお母さんも入るからね・・・。


久しぶりに、ふたり一緒だよ・・・。


安心かい・・・?



今月末は、4年ぶりにお墓参りも

致しますからね・・・。


今までは兄たちに任せっきりでしたけど・・・。


待っててよ・・・。


それにしても、お父さんが亡くなって、

もう四半世紀以上経ったんやねぇ・・・。


お父さんは仕事人間で、私が大学4年の時に、

逝っちゃいましたねぇ・・・。


亡くなる一週間前まで、会社に行って・・・

最後まで家族の為に、仕事をしてくれました・・・。



会社で体調を崩し、フラフラになって家に帰って来て・・・。


「救急車呼ぼうか・・・?」との問いかけに・・・


「近所迷惑やから止めとけ・・・。」やなんて・・・。



お父さんったら・・・もう (;一_一)。


何とか説得して、すぐに診てもらえそうな病院を

電話帳で探して・・・私が車に乗せて行きましたね・・・。


すぐに入院となって、3日で意識が無くなって、

ICUのある病院に転院になって、人工呼吸器

つけられて、あっという間のお別れでした・・・。



あの頃の自分は、ほんと何も出来なかった・・・。


あまりにも急で・・・。


ただ見ているだけでした・・・。



ごめんね・・・父さん。


無念の思いは、お父さんも私も、

ずぅっと持ってますよ・・・。


喉に管突っ込まれる時の、お父さんの涙・・・。



ICUへ運ばれた時の「家へ帰してくれ!」と、

言わんばかりの視線・・・。


私の脳裏から、片時も離れたことはありません・・・。


その反省から・・・お父さん・・・

お母さんは、私の出来得るかぎりの介護で、

自宅で平穏無事に過ごせましたよ・・・。



これも全て、お父さんのおかげです・・・。


ありがとう・・・お父さん。


まぁ・・・僕は息子やから、


「お父さんとお母さん・・・どっちが大切?」


と聞かれたら・・・間違いなく「お母さん!」

と答えると思うけど・・・(;^ω^)


世界で2番目に大切なのは「お父さん・・・。」

ですからね・・・(*^_^*)。


心配せんといてね・・・。



まぁ息子というもんは、そういうもんですわぁ・・・。


お父さんもそうやったやろぉ・・・?


あっそうかぁ・・・爺ちゃんが亡くなったのは

お父さんが4歳の時やったねぇ・・・ゴメンゴメン。


まぁ、お父さんは外で、あるていど好きな事も

いっぱいやっていたし・・・。


仕事も充実していたし・・・。


短い人生やったけど、生ききった感はあるでしょ・・・。


その間・・・お母さんは、辛抱づよく、私達を支えてくれた

んやから、勘弁してね・・・。


これからは、二人とも平等に供養するから、

天国でしっかり見守ってちょうだいよ・・・。


ねっ・・・お父さん・・・<(_ _)><(_ _)>。


         合掌 (-_-)zzz。

2013年4月15日 (月)

相田みつを美術館・・・。

母とよく東京へ行きました・・・。


遊びにも・・・

仕事で出張の時も・・・

孫に会いに行く時もね・・・。


できるだけ二人で、どんどん出かける

ようにしてましたぁ・・・(*^_^*)。


その時に、丸の内東京国際フォーラムに寄って、

相田みつを美術館へも度々訪れましたね。



本を読むことが好きで・・・


新聞を読むことが日課で・・・


母はとにかく文字が好き。



言葉が好きなひとでした。


相田みつを美術館では、

その「ことば」を声を出して読んで、

係員に注意されたりなんかして・・・(~_~;)。



それもこれも、みぃんな懐かしい想い出です。



今日、トイレで、その時に買った・・・

トイレ用日めくり「ひとりしずか」

読んでみました・・・。


今の心境に合致するもの・・・

何かあるかなぁ・・・(-_-)zzz?


とりあえず、こんな所か・・・


ひとつひとつ

かたずけて

ゆくんだね

具体的にね



家の整理・・・。


仕事の遅れ・・・。


自分の身体のメンテナンス・・・。


法事、来客・・・etc。



あせらず毎日、着々と・・・。

やっていくしかないもんね・・・。


      合掌 (^_^;)。

2013年4月14日 (日)

母を看取って・・・。

一ヶ月の月日が

過ぎようとしています・・・。


努めて前向きに生きようと

していますが・・・


ふとした拍子に、とてもさみしい

気持ちや懺悔の念が

沸き起こります。



しかしながら、無常に移り行く

現世を生きるには・・・


立ち止まっている暇は

ないでしょう。



今を精一杯に生きる・・・。



これは母を6年間みていた中で、

自分に言いきかせてきた事だった。


母もがんばってきた事でした・・・。



ターミナルケアについては、

いろいろ心残りな面はありましたが・・・


母も私も、明日が今日よりも、

よりよい一日であるように、

前に進もうとしてきました。



そして最後の最後まで・・・

その姿勢は貫けた。


今は、そう自分に言いきかせる

しかないでしょう・・・。



時は一瞬も待ってはくれません・・・。


母が喜んでくれるような生き方を、

早く実践しなければなりません。



永平寺 元貫首もおっしゃって

おられます・・・。


今いまと今を訪ねていまはなし、

「ま」を言う時は「い」はすでになし。


         永平寺 元貫首 宮崎奕保


               合掌 (-_-)zzz。

2013年4月13日 (土)

人と接する仕事では・・・。

何が一番大切か・・・?


それはひとえに「まごころ」でしょう・・・。


光福寺住職 曰く・・・


声もよく 節もよしとて

   高ぶるな まごころなきは

      下手とこそ知れ



これは、医療や介護にも、

当然あてはまるはず・・・。


6年間の母との介護生活で・・・

切に感じておりまする・・・。


 合掌 (-_-)zzz

2013年4月11日 (木)

夢も生活の一部なり・・・。

昨日、夢の中に母が2回も出てきました・・・。


夢に出てくるのは、まだまだ成仏していない

証拠だと申しますが・・・(-_-)zzz。


まぁ四十九日法要も終わってないわけだし、

私としては、もっともっと出てきてほしい気持ちです。


どんな夢だったかと申しますと・・・(-_-)zzz


ひとつは亡き叔母(母の妹)さんと、駅のホームで

待ち合わせしている所だったような風景・・・。


満面の笑みで、叔母さんと再会する母・・・。


少し若い頃のイメージだったかなぁ・・・。


年の頃は40~50歳といったところでしょうか・・・。



黒髪にパーマをかけて、とても若々しい母でした・・・。


5年前に亡くなった叔母さんと、あちらでも再会して

いるのでしょうかねぇ・・・(。´・ω・)?


母が可愛がっていた妹さんでしたから。



あと、もうひとつの夢は、祖父(母の父)の帰りを、

玄関前で迎える母の姿だったかなぁ・・・。


軍服を着た祖父が帰ってきた所を、

頭を下げて迎える母・・・。


そこには若き日の祖母(母の母)の姿も

ございましたよ・・・。


土間の横で・・・祖母はきちんと正座して

着物姿でお出迎え・・・。


昔ならではの、いでたちと申しましょうか・・・。


それはそれは昭和レトロでございました (;^ω^)。



そして部屋の奥からは、おそらくもう一人の

伯母(母の姉)さんも出てきて、お帰りなさい

とのたもぉた・・・。



みぃ~~んな、すでにお亡くなりの方々ばかりですなぁ・・・。



実際、遠い昔にあったかもしれないような

母の実家の光景でしょうか・・・。


別に私が見たわけでもないのにね・・・(^_^;)。


不思議なものでございます・・・。



母もあちらで、家族そろって楽しんでいるのかなぁ・・・?



とても若々しかったお母さんの姿・・・。


多分、この夢の中では10代って感じだったでしょうか・・・?


こんな若々しい母と夢で会えるなら、

お金で買ってでも見たいもんです・・・。


毎日でも上映して欲しいっすぅ ('◇')ゞ。


夢も大切な生活の一部と思いたい (-_-)zzz。

2013年4月10日 (水)

生きとし生けるもの・・・。

今の生の時間を本当に生ききれ・・・。


過去の自分・・・

過去のトラウマに縛られるなかれ・・・。


「生きている」というのは・・・

今この瞬間のみなり・・・。


今は今・・・。


過去は過去でしかない・・・。


人生・・・百年生きようが五十年生きようが・・・

生きているのは只今の時節のみなり・・・。


この只今をよそに・・・

他のどこに生きようとするや・・・。



人もし生くること 百年ならんとも

おこたりにふけり はげみ少なければ

かたき精進(はげみ)に ふるいたつものの

一日生くるにも およばざるなり


            『法句経』 (114偈)




母は八十有余年・・・


日々精一杯・・・


ひとを愛し・・・


ひとに施し・・・


ひとと共に・・・


生涯いまを・・・


生ききった・・・。


           合掌 (-_-)zzz。

三法印・・・要するに (;^ω^)。

「すべてのものは移りかわるのです・・・。」


「すべてのものは、あいよりて生まれるのです・・・。」


そして


「もとむべきものは、心の静けさでしょう・・・か (^^♪」



ゆくゆくは、静かな暮らしを

手に入れて、ゆくんだね (^▽^;)。


そうなれば、いいね・・・。


合掌 (-_-)zzz。

涅槃寂静・・・。

涅槃、すなわち

究極の安らぎなり・・・。


もとを辿れば、火を吹き消す

意味なり・・・。



私たちが有するところの・・・


「貪(とん)」 むさぼり、


「瞋(じん)」 いかり


「癡(ち)」  おろかさ


それらの三毒を吹き消せば・・・


身と心の平静が保てるなり・・・。



と、いう事か (。´・ω・)?


合掌 (-_-)zzz。

諸法無我・・・。

この世に存在するものすべては・・・


因縁(直接・間接)のかかわり合いによって


存在している (ー_ー)!!



よって我々は、この世の全ての


人やものと


共生してゆかなければ


なりません・・・。


と、いう事か (。´・ω・)?


合掌 (-_-)zzz。

諸行無常・・・。

万物は常に変化している・・・。


移ろいゆくはかなさを、

情緒的に無情と嘆くなかれ・・・。


無情だからこそ、

今を真剣に生きよ・・・。


と、いう事か (。´・ω・)?


合掌 (-_-)zzz。

釈尊の教え・・・三法印。

三法印の・・・(-_-)zzz


三法とは・・・(。´・ω・)?



「諸行無常」


「諸法無我」


「涅槃寂静」


なんだとさ・・・。


ちょっと学んで

みましょうか (;^ω^)。

2013年4月 9日 (火)

母との出会い・・・そしてお別れ。

お母さんとの、もっとも古い記憶はいつだろうか・・・?


何をしていたところかなぁ・・・(-_-)zzz?


よぉ~~く想い返してみると、幼稚園の面接へ行く

途中の歩道の光景かなぁ・・・?



母の右手を私の左手がつかんでる・・・。


細い道路の中央を歩いている記憶がある・・・。


面接の内容は全く記憶に無いんだが・・・(;^ω^)。


母と一緒に歩いているところの想い出

だけが、僅かに脳裏に残っています・・・。



幼稚園への入園前だから、おそらく4歳ぐらい

かなかぁ・・・。


ひとによっては、お腹の中での記憶がある

という者もいるが、私には3歳までの記憶は

残念ながらないよ・・・。



あの日から、私は母を認識できたんだね・・・。


その後は、いっぱい、母の姿を想い起こせるなぁ (-_-)zzz。



そして最後は、孫たちにお化粧してもらった、母の寝顔。


綺麗だったよ・・・お母さん <(_ _)><(_ _)>。

2013年4月 8日 (月)

六波羅蜜とは・・・。

お釈迦様の教えのこと・・・。


ひとつ 「布施(ふせ)」


ものを、さしあげること・・・。


ものといっても、品物とは限らない・・・。


一言の、言葉でもいいし、

目に見えない気持ちでもいい・・・。


人と喜びを分かちあうこと・・・。



ふたつ 「持戒(じかい)」


堅苦しく考えず・・・


生活習慣を調(ととの)えること。



みっつ 「忍辱(にんにく)」


耐え忍ぶこと・・・。


ちょっとしたことにすぐカッとせず、


我慢する勇気を持つこと・・・。



よっつ 「精進(しょうじん)」


努力するということ・・・。


なまけることなく、たゆみなく努めることによって、


楽しむという境地に至る・・・。



いつつ 「禅定(ぜんじょう)」


心を安定させること・・・。


無心になり、冷静沈着に行動するということ・・・。


ゆとりある心が、正しい判断を生む・・・。



むっつ 「智慧(ちえ)」 


時代時代の法律や道徳の範囲をとびこえた、


永遠不変の真理をみきわめる力・・・。



☆☆☆・・・・・・☆☆☆


あ~~どれもこれも、

自分に足りないものばかり・・・(;^ω^)。


だけれども・・・


清浄なる心で、義務や強制でなく


楽しうて行うところに、波羅密の行


となるなり・・・(^▽^;)。


気負わず、あせらず、粛々と・・・


少しでも身につけて参りたい (/・ω・)/。


合掌 (-_-)zzz。

 

いつやるか・・・? 今でしょ・・・!

東進ハイスクールの林修講師が、

テレビCMで言って話題となったフレーズ・・・。


ひと昔まえには・・・

相田みつを氏も「そのうち」と題する詩の中で・・・



そのうち お金がたまったら

そのうち 家でも建てたら

そのうち 子供から手がはなれたら

そのうち 時間のゆとりができたら

そのうち そのうち そのうち・・・・と

できない理由をくり返しているうちに

結局何もやらなかった

空しい人生の幕がおりて

頭の上に 淋しい墓標が立つ

そのうち そのうち 日が暮れる

いま きた この道 かえれない


・・・なんてね (;一_一)。



私たちは、ずっと生きておられるはずがない・・・。


今日しなくても、明日があるなんて思わない・・・。


またという機会がある、という思いの中では、

果てしなく「今」をとりのがすことになる・・・。


「いつか」「そのうち」なんていう日は、

いつまで待っても訪れない・・・。


毎日、毎時間を大切に・・・。


いつやるか・・・?

今でしょ・・・!

2013年4月 6日 (土)

阪神競馬場で昼食を・・・。

母がまだ・・・自分で歩けていた頃、

ふたりで、よく阪神競馬場へ行きました。



最寄の西宮北口駅までドライブして・・・

駐車場から駅まで歩く。



切符を買って電車に乗って・・・ガタンゴトンガタン。



仁川駅で降りて阪神競馬場まで、また歩く・・・。


大勢のひと混みの中を・・・テクテクテク。


全てが、いいリハビリになったかなぁ・・・お母さん。




天気の良いときは、観客席横の芝生の上で、

柿の葉寿司や幕の内弁当を、よく頂きましたね。



雨の時には指定席に座って、ふたりでランチを

致しましたなぁ・・・。



楽しんでくれたかなぁ・・・お母さん。



でもそのときには、私自身は、ろくに予想も

しないで馬券を買っていましたので、

あまり当たった記憶はございません・・・(;一_一)。



まぁそんな事は、今更どうでもいい事なんですがね。



実際は、どんな心もちだったのかなぁ・・・お母さんは (~_~;)。


自分の趣味に引き込んでしまって、

あまり面白くなかったら、ごめんなさいね。



でも、それもこれも、今となっては良い想い出です。



ベッド上の生活になってからは、

水分補給をしながら・・・

テレビ(競馬中継)をふたりで見ましたねぇ・・・。



馬券が当たりそうになると、コップが口元から

ずれたりなんかして、よく前掛けに零れちゃった

っけかなぁ・・・(^_^)。



当たった時にも、はずれても・・・

お母さんは、まんまるお目々でテレビをじっと

見つめてましたねぇ・・・(@_@)。



ふたりで競馬を肩寄せあって、観戦した想い出は

どんな万馬券よりも心にのこる、僕の宝物ですよ。



ありがとう・・・お母さん。



でもやっぱり、万馬券もたまには欲しいぃのぉ・・・。


できればお恵みくださいね・・・ ポリポリ(~_~;)。

2013年4月 4日 (木)

仏の道を探しに・・・。

この世のあらゆるもの


自分の命さえも限りが

あることをかえりみて (ー_ー)!!


限りあるものをみなで

分けあっていくことが


もっとも幸いであることに

気づくこと (-_-)zzz。


それが仏の道の基本かな (。´・ω・)?



私も、はよ気づかなあかんなぁ・・・(;^ω^)。


生きてるうちに見つけたい・・・(ー_ー)!!


その為にある道標を

早く探しまひょ (/・ω・)/。

 

和尚さんの心は「仏の心」・・・。

三七日が終わった後、

和尚さんに・・・


『心の奥の壷にいれて』という詩を

いただきました。


ありがとうございます・・・<(_ _)>。


その詩には・・・


『あの時に

こんな言葉をかけていれば


もっとやさしくいられたら


大切な人をうしなってから

わきあがる

さまざまな 悔恨


でも それは


あなたが その人を

深く愛していた

あかし


懸命に

思いを傾けていた人ほど


悔いはうまれてくるもの


どうか

その気持ちを

心の奥の壷にいれて


ゆっくり やさしく

発酵させて


芳醇な美酒にかえてください


それは

あなたの心をやわらげ


みんなの心も

やさしくするでしょう』


とありました・・・。


いかがでしょうか・・・?


私と同じように、大切な人を送った方々・・・。


是非よんでくださいね・・・(^^♪



そして和尚さん曰く・・・


大切な人を送った後、

遺された者は、いろいろな

後悔の気持ちを抱くことがあります・・・。


あの時

こうしていれば、

こんな受け答えをしていれば・・・。


しかし、それは、

誰よりも大切な人のそばにいて、

誰よりもその人を愛していた証拠なのです。



私たちは、後悔の念を、

苦いままにするのではなく、


豊かなものに転換することが

必要なのです・・・と (;^ω^)。



あせらずに、ゆっくりと、

時間をかけて、いいんですよ。


仏の心で参りましょう・・・。


           合掌 (-_-)zzz。

人生が変わる・・・。

自分の記憶の中で・・・(-_-)zzz


一緒に生活を共にする家族を失ったのは、

母との別れで3回目となった・・・。



私が5歳の時に祖母が亡くなり・・・。


22歳で父が他界・・・。


そして先月、50歳にして母を失った・・・。


祖母の時は、記憶には残っているが、

幼かったので実感があまりなかった・・・。



父のときは、あまりにも突然で、様々な不安が

頭の中を駆け巡っていたかなぁ・・・。



のこされた母への心配・・・。


自分の仕事(就職)への不安・・・。


揺れ動く私の体調不良・・・(;^ω^)。


生活が安定するまで、7~8年ぐらいかかった

ような気がいたします・・・。



そしてこの度は、あまりにも繋がりが深かった

というか・・・ほんと最愛のひとを失ったというか・・・


立ち直るには厳しい状況であるのは否めません (ー_ー)!!



でも、私ももう・・・いい歳なんだから、この想いを

ズルズル引きずっていては、母も喜ばないだろう・・・。



母が私に「人生の契機」を与えてくれたんだと信じて、

自分が変わらなければならないと感じています・・・。



中国の格言にも・・・


「心が変われば意識が変わる・・・。


意識が変わると態度に出る・・・。


態度が変わると行動に出る・・・。


行動が変われば習慣になる・・・。


習慣になれば性格が変わる・・・。


性格が変わると人生が変わる・・・。」


とあります・・・。



今、自分自身を見つめ直し、良き人生への

一歩を踏み出す、きっかけにしなければなりません。


それが母への供養であると信じてね・・・。


一歩一歩、前に進まなければなりません・・・。


父さん母さんの息子として

立派に生きよう、これからも (; ・`д・´)。


合掌 (-_-)zzz

2013年4月 3日 (水)

在宅の訪問ヘルパーさんたち・・・。

できるだけ素晴らしいひと達を迎え入れたかった・・・。


うちは・・・難しい訪問先だろうから (-_-)zzz


いろいろ要求もきつくて、負担も大きいでしょうから・・・。


ヘルパーの選定には厳しい注文をつけてきた。


ごめんなさいね・・・ヘルパーさん <(_ _)>。



私は自分の母親だから出来たけれど・・・

ヘルパーさんは、お仕事ですからねぇ (ー_ー)!!


なかなか信頼できませんでした。


プライドが傷つく事も多々あったでしょう・・・。


心からお詫び申し上げます・・・。



私なんか、お年寄りの介護を、仕事で出来るか

といえば、まず無理だと思います・・・。



在宅の訪問ヘルパーさん達って、

大変な仕事だと、心から思います・・・。



皆さんのおかげで、母は3年以上、要介護5状態で

頑張る事が出来たのも事実です・・・。



厳しい状況の中、優しく接してくれてありがとう・・・。


一緒に泣いてくれてありがとう・・・。


今は素直に、そう思えます <(_ _)>。


今日も皆さんは、他の現場で汗水流して

いることでしょう・・・。



日本の将来のために、頑張ってくださいね・・・。


心ある介護をよろしくお願い致します。


合掌・・・(-_-)zzz。

抹消静脈点滴で生き抜いた・・・。

食事が摂れなくなった終末期の

栄養補給は、いったい何が

正しいのか・・・(-_-)zzz?


病院の先生方は・・・

「500ml程度の水分で十分だ」という。


在宅の先生は・・・

「皮下点滴で必要最小限にすべきだ」という。



訪問の看護師さんは・・・

「中心静脈栄養の点滴にすべきだ」という。


ヘルパーさんは・・・

「胃ろうなら2~3年は大丈夫だよ」という。


いったいどうすれば良いんだろう?


結局、私が選んだのは、

抹消静脈点滴1000mlでした。



昼間はやや栄養価が高いものを500ml。


夜間は水分中心に500ml。


それぞれ12時間かけて

ゆっくりと体内に点滴した。


一日24時間かけて1000mlを、

ゆっくりゆっくり点滴しました・・・。


幸い息を引き取る直前まで、

母は500ml~800m前後の

尿や便汁を・・・


毎日私に取らせ

てくれました・・・<(_ _)>。


むくみも最後の1日~2日ぐらい、

足先に多少でたかなという程度

であったと思う・・・。


私には信念があった (ー_ー)!!


「清流でチョロチョロ流れる川は、

いつまでも綺麗だ・・・。」


そんな思いが、私の頭の中にはあった・・・。


実際の体内では、どうだったかは解らない。


先生のいう通りにしていたら、

もっと楽だったかもしれないし・・・


3ヶ月近くも頑張れなかったかもしれない。


それは今現在も、私にはわからない・・・。


今、わかったところで、もうどうしようもない。


だけど、ひとつだけ言わせてもらうならば、

お母さんは、最後まで前向きに生き抜い

てくれたんだと、心から感謝したい。


誰に引導を渡されるでもなく、

私が決めた方法で、一生懸命に

生き抜いて、天に昇ったんだと

信じたい・・・(-_-)zzz。


そう思って、母と一緒に生き抜いた事に、

今となっては納得するしかないだろう・・・。


お母さんは素晴らしい女性だったと

誇りに思える今この時をかみしめて (--〆)。


ありがとう・・・お母さん。


お父さんに、よろしく言っといてね。


 合掌 (-_-)zzz。

2013年4月 2日 (火)

般若心経と舎利禮文・・・。

脳卒中で入院した2009年秋・・・。


入院中に必死で唱えた般若心経と舎利禮文・・・。


本を片手に字を追いながら、声がかれるまで

唱え続けた般若心経と舎利禮文 (^^♪


言葉を失っていた母が、唯一口ずさんでくれた

般若心経と舎利禮文・・・。


退院してからも、口腔ケアのたびに必死で唱えた

般若心経と舎利禮文・・・。


母が父の仏壇の前で30年近く、ひとりで唱え続けた

般若心経と舎利禮文・・・。


いくら言葉は失われていても、これだけは忘れないだろう。


そう思って一緒に唱え続けた・・・

般若心経と舎利禮文 (-_-)zzz。



僅かにくちずさむ、その声が嬉しくて・・・


私は口腔ケアに精を出したもんでございます。



その声も、日を重ねるたびに薄れてゆき・・・。


2011年には、母の口からその声を聞けなく

なってしまいました・・・(ー_ー)!!


それでも耳で聞いてくれている事を信じて、

最後まで唱え続けた・・・


般若心経と舎利禮文 (--〆)


母は今、ほんとうに仏様になって、


祭壇の前で私一人が唱える・・・


般若心経と舎利禮文 (;^ω^)。



いや、笑顔の遺影と一緒に唱えているのかな?



そして、すっかり覚えた般若心経と舎利禮文 (/・ω・)/。


これも母が遺してくれた財産だね <(_ _)>。


お母さん・・・ありがとう。



今でも毎日唱えているから・・・。


これからもずっと唱えるから・・・。


傍で聞いててちょうだいね・・・。


般若心経と舎利禮文は


私の「仏道の道標」 ミタイナ (^^♪


これからも、しっかりと唱えて参ります。


さらに肉付けしながらね!


         合掌 (-_-)zzz。

換えたオムツは数知れず・・・。

オムツやパッドの交換は、90%は自分でやってきた・・・。


ヘルパーが来ても、訪問看護が来ても、入院しても・・・


殆ど自分でやってきた・・・。


しっかり飲んで、尿をたっぷり出す・・・。


これ無くして、在宅介護で健康は保てない・・・。



大便も大事だが、お小水は1日の中で、最も気に

かけてきたもんでございます・・・(ー_ー)!!



おかげ様で2010年~2012年の3年間は・・・


入院もせず・・・


風邪すらひかず・・・


薬も飲まずに過ごせました。


そして皮膚も荒れず・・・


お口の中も綺麗で・・・


平穏無事に過ごせました。


自分にとっても母にとっても、この上ない

喜びでございました・・・!(^^)!


と、ここでブログを終えたいが・・・


欲を言えば、もっともっと・・・


5年、8年、10年と・・・


母と一緒に過ごしたかった。


3年余りでは物足らないね <(_ _)>。



またまた後悔の念が出てきてしまいます・・・。


ひとに頼らず我流で突き進み過ぎたことに、

反省の気持ちが沸いてきます・・・。



お母さん・・・ごめんなさい。


私にもっと専門的な知識があれば・・・


2013年の危機ぐらいは、未然に防げたかもしれません。



食事方法にしたって、口腔ケアにしたって・・・


今思えば、勉強不足も山ほどあった (-_-)zzz。


日々、穏やかな一日一日を積み重ねる事に精一杯で、

情報を収集する余裕がなく、それを怠っていた・・・。


もっと最善の介護方法を研究していれば・・・

母と一緒の時間が、もっと延びただろうに (--〆)。


3年間は無事だったが・・・


最後の3ヶ月が悔やまれる。


さらに最後の3週間・・・


そして最後の3日間・・・


結局、最後の3時間 (/ω\)。



この想いを切り替えるには、

もう少し時間がかかりそうだ (; ・`д・´)。


身近で話を聞いてくれるひと、おらんかね・・・(。´・ω・)?


励ましの声がほしいなぁ・・・。


俺は弱い人間だなぁ・・・。


あ~~いやだいやだ・・・。


それでも明日はやって来る・・・。


早いこと吹っ切らなければ、なりませぬ (ー_ー)!!

2013年4月 1日 (月)

いい湯だったかい・・・?

上を向ぅいて~歩こうぉぉ♪

涙がぁこぼれぇないよぉおに♪

想い出すぅ~春の日~♪

ひとぉりぼぉちの夜ぅ~♪


晩年、母をお風呂に入れていた時・・・

私はこの歌をよく歌っていました (^^♪


介護認定を受けるまでは、母も両手をたたいて、

湯船の中でよくリズムをとってくれたねぇ・・・。


お風呂が大好きで、毎日欠かさず入っていた母でした。


しかしながら要介護認定を受ける頃には、

次第に入りたくないと言うようになっちゃったよ・・・。


説得して入ってもらうのに、大変苦労したもんです (;^ω^)。


それも今となれば懐かしい想い出だね・・・お母さん。



私がまだ幼い頃・・・自宅に初めてお風呂ができて、

最後に入った母さんが、着替えを忘れて大笑い (^▽^;)。


裸で部屋に入って来た事もあったっけ・・・(。´・ω・)?


温泉好きの母は、よぉくお友達と温泉旅行にも

行ってたよねぁ・・・。


最寄の駅までのアッシーを、私はよくやりました。


毎回、笑顔で無事に帰って来てくれて、ホッとしていた私です。




要介護5になってからも、デイサービスで約1年半・・・。


それもしんどくなってからは、訪問入浴で1年半・・・。


週2回は欠かさずお風呂に入ってましたね・・・お母さん。



おかげさまで、母は、いつもお肌つるつるで・・・


ヘルパーや訪問看護のナースさんたちに

羨ましがられていたもんでございます・・・。



いい湯だったかい・・・お母さん。


今年も年始の訪問入浴を予約していたけれど、

入院でそれは叶わなかった・・・(--〆)。


そして最後の3ヶ月は・・・とうとう湯船につけてやる

ことが出来ませんでした・・・。


ごめんね、お母さん・・・。



細くなった身体を清拭するのが精一杯でした・・・。


最後の10日間は、髪も洗ってやれなかった・・・。


つらかったよ (-_-メ)。


でも精一杯にやった事だけは

認めておくれ (^▽^;)。


上を向いて歩けるように・・・。


これ以上、涙がこぼれないように・・・。


そして今日も、ひとりぼっちの夜だけど・・・(@_@)。

歩いてくれて・・・ありがとう。

幸せはぁ~歩いてこない♪

だぁから歩いて行くんだねぇ♪

お母さんといっしょ♪

いつでもいっしょ♪

い~つもいっしょに歩いたねぇ♪


人生はワンツゥパンチ♪

汗かきベソかき歩こうよぉ♪

お母さんの付けた足跡にゃぁ♪

綺麗なぁ花が咲くでしょお~♪


腕を振って脚を上げてワンツゥワンツゥ♪

休まないで歩けぇ~♪


それ!ワンツゥワンツゥ♪

 

母を介護しながら、

いつも私は傍で歌ってましたかなぁ (^^♪



実際、元気なときには・・・


お買い物や旅行に、

そしてお参りやボランティアに、

母はいつも歩いてましたから。



しかしながら要介護になって、

私と手を繋いで歩くようになり、


脳出血で倒れてからは、

私に抱きかかえられて

部屋の中を歩くだけになりました (--〆)。



最初はベットからリビングまで(20m)・・・。


それがベッドから玄関ま(15m)になり・・・。


2年前にはベッド周りのみ(10m弱)になっちゃった。



その後も歩ける距離は、

徐々に少なくなり・・・


昨年はベッド脇の車椅子まで

2mほどになっていた・・・。



それも秋以降は、両足で身体を支えるのも

難しくなり、車椅子へ抱きかかえて移動させ

るしかなかったかなぁ・・・(-_-)zzz。



それでも昨年末まで、車椅子に移って座って食事を

してくれたんだから、お母さんは凄いとおもうよ。



よぉく頑張ってくれたね・・・お母さん。



こんな要介護5は・・・なかなか居ないと思うよ (*^_^*)。



私の下手なリハビリに・・・よぉくついて来てくれましたね。


ほんとうに、ありがとう・・・お母さん!


お疲れ様でした・・・。



お母さんといっしょに歩いた想い出は・・・


ずぅ~~っと忘れないよ。


手の温もりや背中の温かさ (*'ω'*)


私の一生の宝物です。



永遠に残る宝物です・・・


合掌 (-_-)zzz。

食べてくれて・・・ありがとう。

脳出血をしてから3年と数ヶ月・・・


意識も定かではないのに・・・


母は私の用意した食事を、ほんとによく

食べてくれました・・・<(_ _)>。


ありがとう・・・お母さん。


2度目に入院した時から、要介護5になったけど、

集中治療室の中でも、一緒に食事をしたっけなぁ・・・。


あの時、大きな口を開けて、病院の夕食を食べて

くれたおかげで、昨年末まで3年余り・・・


何とか続けてこれたんだよねぇ (-_-)zzz。



ほんとうに・・・ありがとう、お母さん。


さぞかし美味しくなっかっただろうに・・・(;^ω^)。


さぞかし口当たりも良くなかっただろうに・・・(^▽^;)。


でも母さんは、しっかり噛んで飲み込んでくれたねぇ・・・。



途中、何回か進まない事もあったけど・・・


刻んだり、トロミをつけたりしながら、よくぞここまで

自力で食べてくれました <(_ _)>。



おかげで母さんが居なくなった今でも、

私自身が自炊で苦労する事は無くなりましたよ (^^♪



炊事、洗濯、ご飯炊き・・・何にも出来なかった自分が、

そこそこ出来るようになったのも、お母さんのおかげだね。


教えてくれてありがとう・・・。


これからも何とかやっていくよ (*´ω`)。

月替わり・・・。

やっと四月になりましたなぁ・・・。


近所の桜も満開で、春の陽射しも暖かい・・・。


ここ2~3年・・・母にも桜を観せてやれなかった <(_ _)>。


もっと元気な時に、お花見しておけば良かったなぁ・・・。


でも後悔はここまでにしておこう・・・(ー_ー)!!



月も替わったことだし、少しずつ前へ進もぉ・・・。


年度も替わって、気持ちを切り替えるには

絶好のタイミングじゃぁあ~りませんかぁ・・・。



これからは出来るだけ良い想い出を胸に

前へ進んでいこう・・・。



きっと母もそれを願っているはずだから・・・。


子供や孫の元気な姿が、母の幸せだったんだから・・z。


笑顔でいよう・・・そうしよう (^▽^;)。

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