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介護

2013年5月14日 (火)

「中道(ちゅうどう)」の精神・・・。

「中道(ちゅうどう)」とは・・・


相対立する二つの極端な立場の

どちらにも執われない、

正しい立場に立つことを言う。



二つの極端な立場の一つは

欲望にまかせて、快楽に耽ること。



これは卑しく低劣で、理想に対して

なんのにも立たない・・・。



もう一つは身を苦しめる

苦行に専念すること。



これも苦しいだけで

然したる成果も得られない・・・。



この二つの極端を離れて、

智慧の眼を開き・・・


寂静、英智、涅槃に到り、

中道を悟るのである・・・。



果たして、母への介護では

中道の精神を貫けただろうか・・・?



極端な行動に走りはしなかった

だろうか・・・?



今あらためて自問する・・・(-_-)zzz。


答え・・・


100点満点ではなかったけれど、

85点ぐらいはやっていい・・・かな (;^ω^)?



28年前、父の時は無知でした・・・。


せいぜい5点ぐらいだったでしょう・・・(ー_ー)!!


若気の至りでございました。


でも、歳を重ねて今回は

経験を積んでやってきた。



両極端にはとらわれず、

母の力は引き出せた。


概ね安らかに過ごせてた。


母さんに合った生き方を、

サポートできたと思いたい・・・。


これも全て中道の

精神を学んだおかげです・・・。


お釈迦さま、ありがとう <(_ _)>。


しかしながら反省点も

当然あるのは否めません。


いよいよ迫った終末期・・・


自分に足りない智慧もある。


最後の最後でミステイク。


懺悔の念は絶えません (/ω\)。


ふんわり毛布の

その中で・・・


永久の眠りにつかせたい。


ゆっくり眠りにつかせたい・・・。


それが出来ずに

ごめんなさい。


母さん許してちょうだいね・・・。


きっと許してくれるよね


そう信じるしかございません。



今の私に出来ること・・・


母から学んだこの智慧で

あとは皆に恩返し。



家族や親戚、友人に

この経験を生かすこと。



今後は周りの方々に

微力ながら、つとめます。


どんな事態がおきようと・・・


一方的判断に囚われず、

中道精神で臨みます。



柔和な心と冷静な・・・


行いをもって接します。



そしていつかは人様の・・・


お役に立てればと思います。


合掌 (-_-)zzz。

2013年5月 2日 (木)

在宅か施設入居か・・・?

家族の状況は千差万別・・・。


一概に「どちらがいい・・・。」なんて言えません。


私も介護生活6年の間には、グループホームや

老健、特養などを、ケアマネや親族から、よく勧め

られたもんです・・・。



しかしながら、私の心は決まっていました・・・。



「母と接する時間が欲しいんだ・・・。」


ただそれだけでした・・・。



今まで散々・・・母をひとりにさせておいて、

この期に及んで母を施設に預けるなんて・・・。


私には出来なかったんです・・・。



それに施設に預けるという事は、他人の

ペースで母を介護されるという事ですから・・・。



その介護内容も、くるくる入れ替わるスタッフ、

担当者などによって、まちまちですから・・・。


母が安らかに過ごせるとは、到底おもえな

かったんです・・・(-_-)zzz。



自分の行動も意思表示もできなくなった

要介護4~5になってしまえば尚更です・・・。



自分(介護者)に、被介護者を愛おしむ気持ちと、

体力、技術、時間があれば、在宅の方がいい

に決まっているでしょう・・・。



私自身は在宅介護を選択し、継続できて

良かったと確信しています・・・。



母も家で一緒に過ごせて、喜んでくれていたと

信じてやみません・・・(*^_^*)。

2013年4月30日 (火)

優しい母・・・。

母を介護してきた6年間・・・。

母は本当に優しいひとだった・・・。


脳幹出血で倒れる前までは、寝る前に

水分補給や血圧、体温測定などをした際、

「ありがとね・・・。」と、いつもひと声

かけてくれました・・・。



2009年秋、脳幹出血で要介護2から要介護5

なったのも、私の介護負担を考えての事だった

のかもしれません・・・。



周りの状況、自分の事、全てが分からなくなって、

外へ外へと出たがり始めた矢先でしたね・・・。



でもなぜか、入院前日は穏やかだった事が、

今も想い出されます・・・。



入浴後に一緒に見ていたプロ野球の阪神戦。


微笑みながら、安らかな顔をして座って

いましたね・・・。



何を思い、何を感じていたのでしょうか・・・。


今となっては・・・


「我が人生に悔いなし」という

心もちだったんだと信じたい・・・。



そして今年、2013年に自分の命を終えたのも、

私の身体の限界を肌で感じていたのでは

ないだろうか・・・。



私が立ち直れるギリギリの所で、自ら判断して

逝ったように感じます・・・。



今思えば、母は常に引き際を考えてくれて

いたんだなぁ・・・(-_-)zzz


常日頃・・・母は


「お前に迷惑をかけずに、逝くときは

ポックリ逝きたい・・・。」


と申しておりました・・・。



いつも自分以外のひとの事を考えて

生きていたひとだから・・・。



自分の事より子供の事・・・お友達の事、

ご近所さんの事、遠い親戚の事なんかを、

気にかけて生きていたんだよね・・・お母さん。



ほんと・・・ありがとう。



四十九日法要を終えて、み仏さまになりましたね・・・。


生前から・・・み仏さまのようなひとでしたから・・・。


いつまでも信じていますよ・・・


お母さん。     合掌 (-_-)zzz。

2013年4月26日 (金)

私の宝物・・・。

それは母の安らかな寝顔であり・・・

抱きかかえた身体の温もりである。


在宅介護の場合、ひとりの家族が多大な

負担を強いられると嘆くひとがいる・・・。


しかし私には、そのような気持ちは無かった・・・。


むしろ母をひとり占めして、申し訳ないと

思っていたくらいである・・・。


兄弟や親戚、ご近所さんに友人その他・・・

みんなよく協力してくれたし、介護保険も

フル活用できた・・・。



そんな中で、自分自身が精魂込めて

母に寄り添うことが出来た・・・。



6年間・・・ほぼ24時間ふれ合えたという事は、

それだけで一生分つれ添えたと思う・・・。


ありがたいことです・・・。



さぁ明日はいよいよ四十九日法要・・・。


しっかりお勤めして、母を仏様のもとへ

送りだそう・・・(-_-)zzz 合掌。

私の勲章・・・。

それは、母の在宅介護中あるいは入院中に、

自分自身が倒れなかったことだ・・・。


在宅介護を経験されたご近所のかた・・・

親戚のみなさん・・・友人関係・・・etc、

どなたに聞いても、風邪やその他体調不良で、

ご自身が倒れた経験がおありであった・・・。



その間は、被介護者をショートステイに預けたり、

病院へ入院させたりして、苦労されておられる・・・。



それを機会に、老健や特養に入所させた方も

おられるようだ・・・。



しかし私は最後まで倒れなかった・・・。


6年間、風邪で寝込むこともなかった・・・。


これだけは、自分で自分を褒めてやりたいと思う・・・。



どんな時でも、毎日、食事介助をし、オムツを交換し、

母のからだを清拭し、体位交換をしてきた・・・。



入院しても、毎日、母のベッド横で寝泊りしてきたし・・・

在宅介護時も、一日も欠かさず、母のベッド横で

布団を敷いて見守ってきた・・・。


風邪ひとつひかずに寄り添ってきた・・・。


このことだけは、ほんと、よく頑張ったと思う・・・。


相当、気が張っていたんだろうね・・・。



「病は気から・・・。」とは、よく言ったもんです・・・。


「今は絶対に病気になるわけにはいかないんだ・・・。」


そういう気持ちが、病気を私から遠ざけたんだろう・・・。



まわりの関係者、皆さんにもお礼を言わなければ

いけませんね・・・。


ありがとうございました・・・!(^^)!


そして今・・・私に、病が一気に降り注いでいます・・・。


まずは、歯の治療から、始めておる次第で

ございます・・・(~_~;)アセアセ。

2013年4月14日 (日)

母を看取って・・・。

一ヶ月の月日が

過ぎようとしています・・・。


努めて前向きに生きようと

していますが・・・


ふとした拍子に、とてもさみしい

気持ちや懺悔の念が

沸き起こります。



しかしながら、無常に移り行く

現世を生きるには・・・


立ち止まっている暇は

ないでしょう。



今を精一杯に生きる・・・。



これは母を6年間みていた中で、

自分に言いきかせてきた事だった。


母もがんばってきた事でした・・・。



ターミナルケアについては、

いろいろ心残りな面はありましたが・・・


母も私も、明日が今日よりも、

よりよい一日であるように、

前に進もうとしてきました。



そして最後の最後まで・・・

その姿勢は貫けた。


今は、そう自分に言いきかせる

しかないでしょう・・・。



時は一瞬も待ってはくれません・・・。


母が喜んでくれるような生き方を、

早く実践しなければなりません。



永平寺 元貫首もおっしゃって

おられます・・・。


今いまと今を訪ねていまはなし、

「ま」を言う時は「い」はすでになし。


         永平寺 元貫首 宮崎奕保


               合掌 (-_-)zzz。

2013年4月 6日 (土)

阪神競馬場で昼食を・・・。

母がまだ・・・自分で歩けていた頃、

ふたりで、よく阪神競馬場へ行きました。



最寄の西宮北口駅までドライブして・・・

駐車場から駅まで歩く。



切符を買って電車に乗って・・・ガタンゴトンガタン。



仁川駅で降りて阪神競馬場まで、また歩く・・・。


大勢のひと混みの中を・・・テクテクテク。


全てが、いいリハビリになったかなぁ・・・お母さん。




天気の良いときは、観客席横の芝生の上で、

柿の葉寿司や幕の内弁当を、よく頂きましたね。



雨の時には指定席に座って、ふたりでランチを

致しましたなぁ・・・。



楽しんでくれたかなぁ・・・お母さん。



でもそのときには、私自身は、ろくに予想も

しないで馬券を買っていましたので、

あまり当たった記憶はございません・・・(;一_一)。



まぁそんな事は、今更どうでもいい事なんですがね。



実際は、どんな心もちだったのかなぁ・・・お母さんは (~_~;)。


自分の趣味に引き込んでしまって、

あまり面白くなかったら、ごめんなさいね。



でも、それもこれも、今となっては良い想い出です。



ベッド上の生活になってからは、

水分補給をしながら・・・

テレビ(競馬中継)をふたりで見ましたねぇ・・・。



馬券が当たりそうになると、コップが口元から

ずれたりなんかして、よく前掛けに零れちゃった

っけかなぁ・・・(^_^)。



当たった時にも、はずれても・・・

お母さんは、まんまるお目々でテレビをじっと

見つめてましたねぇ・・・(@_@)。



ふたりで競馬を肩寄せあって、観戦した想い出は

どんな万馬券よりも心にのこる、僕の宝物ですよ。



ありがとう・・・お母さん。



でもやっぱり、万馬券もたまには欲しいぃのぉ・・・。


できればお恵みくださいね・・・ ポリポリ(~_~;)。

2013年4月 3日 (水)

在宅の訪問ヘルパーさんたち・・・。

できるだけ素晴らしいひと達を迎え入れたかった・・・。


うちは・・・難しい訪問先だろうから (-_-)zzz


いろいろ要求もきつくて、負担も大きいでしょうから・・・。


ヘルパーの選定には厳しい注文をつけてきた。


ごめんなさいね・・・ヘルパーさん <(_ _)>。



私は自分の母親だから出来たけれど・・・

ヘルパーさんは、お仕事ですからねぇ (ー_ー)!!


なかなか信頼できませんでした。


プライドが傷つく事も多々あったでしょう・・・。


心からお詫び申し上げます・・・。



私なんか、お年寄りの介護を、仕事で出来るか

といえば、まず無理だと思います・・・。



在宅の訪問ヘルパーさん達って、

大変な仕事だと、心から思います・・・。



皆さんのおかげで、母は3年以上、要介護5状態で

頑張る事が出来たのも事実です・・・。



厳しい状況の中、優しく接してくれてありがとう・・・。


一緒に泣いてくれてありがとう・・・。


今は素直に、そう思えます <(_ _)>。


今日も皆さんは、他の現場で汗水流して

いることでしょう・・・。



日本の将来のために、頑張ってくださいね・・・。


心ある介護をよろしくお願い致します。


合掌・・・(-_-)zzz。

抹消静脈点滴で生き抜いた・・・。

食事が摂れなくなった終末期の

栄養補給は、いったい何が

正しいのか・・・(-_-)zzz?


病院の先生方は・・・

「500ml程度の水分で十分だ」という。


在宅の先生は・・・

「皮下点滴で必要最小限にすべきだ」という。



訪問の看護師さんは・・・

「中心静脈栄養の点滴にすべきだ」という。


ヘルパーさんは・・・

「胃ろうなら2~3年は大丈夫だよ」という。


いったいどうすれば良いんだろう?


結局、私が選んだのは、

抹消静脈点滴1000mlでした。



昼間はやや栄養価が高いものを500ml。


夜間は水分中心に500ml。


それぞれ12時間かけて

ゆっくりと体内に点滴した。


一日24時間かけて1000mlを、

ゆっくりゆっくり点滴しました・・・。


幸い息を引き取る直前まで、

母は500ml~800m前後の

尿や便汁を・・・


毎日私に取らせ

てくれました・・・<(_ _)>。


むくみも最後の1日~2日ぐらい、

足先に多少でたかなという程度

であったと思う・・・。


私には信念があった (ー_ー)!!


「清流でチョロチョロ流れる川は、

いつまでも綺麗だ・・・。」


そんな思いが、私の頭の中にはあった・・・。


実際の体内では、どうだったかは解らない。


先生のいう通りにしていたら、

もっと楽だったかもしれないし・・・


3ヶ月近くも頑張れなかったかもしれない。


それは今現在も、私にはわからない・・・。


今、わかったところで、もうどうしようもない。


だけど、ひとつだけ言わせてもらうならば、

お母さんは、最後まで前向きに生き抜い

てくれたんだと、心から感謝したい。


誰に引導を渡されるでもなく、

私が決めた方法で、一生懸命に

生き抜いて、天に昇ったんだと

信じたい・・・(-_-)zzz。


そう思って、母と一緒に生き抜いた事に、

今となっては納得するしかないだろう・・・。


お母さんは素晴らしい女性だったと

誇りに思える今この時をかみしめて (--〆)。


ありがとう・・・お母さん。


お父さんに、よろしく言っといてね。


 合掌 (-_-)zzz。

2013年4月 2日 (火)

換えたオムツは数知れず・・・。

オムツやパッドの交換は、90%は自分でやってきた・・・。


ヘルパーが来ても、訪問看護が来ても、入院しても・・・


殆ど自分でやってきた・・・。


しっかり飲んで、尿をたっぷり出す・・・。


これ無くして、在宅介護で健康は保てない・・・。



大便も大事だが、お小水は1日の中で、最も気に

かけてきたもんでございます・・・(ー_ー)!!



おかげ様で2010年~2012年の3年間は・・・


入院もせず・・・


風邪すらひかず・・・


薬も飲まずに過ごせました。


そして皮膚も荒れず・・・


お口の中も綺麗で・・・


平穏無事に過ごせました。


自分にとっても母にとっても、この上ない

喜びでございました・・・!(^^)!


と、ここでブログを終えたいが・・・


欲を言えば、もっともっと・・・


5年、8年、10年と・・・


母と一緒に過ごしたかった。


3年余りでは物足らないね <(_ _)>。



またまた後悔の念が出てきてしまいます・・・。


ひとに頼らず我流で突き進み過ぎたことに、

反省の気持ちが沸いてきます・・・。



お母さん・・・ごめんなさい。


私にもっと専門的な知識があれば・・・


2013年の危機ぐらいは、未然に防げたかもしれません。



食事方法にしたって、口腔ケアにしたって・・・


今思えば、勉強不足も山ほどあった (-_-)zzz。


日々、穏やかな一日一日を積み重ねる事に精一杯で、

情報を収集する余裕がなく、それを怠っていた・・・。


もっと最善の介護方法を研究していれば・・・

母と一緒の時間が、もっと延びただろうに (--〆)。


3年間は無事だったが・・・


最後の3ヶ月が悔やまれる。


さらに最後の3週間・・・


そして最後の3日間・・・


結局、最後の3時間 (/ω\)。



この想いを切り替えるには、

もう少し時間がかかりそうだ (; ・`д・´)。


身近で話を聞いてくれるひと、おらんかね・・・(。´・ω・)?


励ましの声がほしいなぁ・・・。


俺は弱い人間だなぁ・・・。


あ~~いやだいやだ・・・。


それでも明日はやって来る・・・。


早いこと吹っ切らなければ、なりませぬ (ー_ー)!!