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父さん母さん

2013年6月 5日 (水)

ひとを育てる人・・・。

昨日、お父さんのアルバムを見ました・・・。


数多くの宴会での一コマ一コマが、

とてもお父さんらしくて微笑ましかった。 


同僚や若い衆との繋がりを、とても大切に

していた父でしたからねぇ・・・。


特に中間管理職であった父は、若手の育成

に心を配っておりました・・・。


どちらかと言えば、言葉ではなく心で・・・

自らの行いで引っ張るタイプだったと

思われます・・・。



父が亡くなる2週間前に、こんな事がありました。


若い部下の奥さんが、バイク事故で入院された

と、家に電話が入ったんです・・・。


父は当時、自分自身が体調不良であったにも

かかわらず、原付バイクを出して、ヘルメットも

かぶらず東奔西走していたんですよ・・・。


そんなお父さんでしたから、葬儀やお通夜の

時には、沢山のご参列を賜わりました・・・。


大勢の方々の涙に包まれました・・・。


その数もさることながら、私が心を打たれたのは、

お通夜の席での事でした・・・。


ひと晩中、父の祭壇の前で、若い衆が離れず

じっと遺影をみつめながら座っていたのです・・・。


何人も何人も・・・。


時折、手の甲で涙を拭いながら・・・。


みんな男泣きしておりました・・・。



当時、大学4回生であった私には、

とても印象的な光景でした・・・。


今になって想えば、父はやっぱり、

若者の心をグッとつかんでいたんだなぁ

と感じます・・・。



上手に教える言葉は見つからなくても、

お助けの心が通じれば、人は何かを

学んでくれる・・・。



そこから行いを正し、自らが成長して

いくものなのでしょうね・・・。


ありがとう・・・お父さん。


私の誇りです・・・<(_ _)><(_ _)>。




人にものを教えることはできない。


みずから気づく手助けができるだけだ。

           by ガリレオ・ガリレイ 

2013年6月 1日 (土)

人が集まるお家・・・。


お母さんは、お家にお客さんが来ることが、

とても嬉しいひとでした・・・。


若い頃は週末になると、父が飲み仲間を、

よぉく我が家へ連れて参りました・・・。


そのたんびに、お酒をお出しし、料理を

ふるまって笑顔で話の輪に入っていく・・・。


そんな明るい母でした・・・。



決してお酒が好きなわけでもないのに・・・。


タバコも煙たがっていたのに・・・。


毎度、毎度・・・酔っ払いの粗相にも寛大で、


「面白い人たちだね・・・。

ああ見えて優しい人たちなんだよ・・・。」と、


心の広いひとでした・・・。



父が亡くなってからも、家には母のお友達や

ご近所の皆さんが、よぉく母のもとへ集まって

参りました・・・。



そんな母でしたから、本人が亡くなってからも、

ご焼香に訪れるお客さんが絶えません・・・。



今日も、お世話になったヘルパーさんたちが、

母にお線香とお花を供えに来てくださいました。


ありがたい事でございます・・・。



来週は歯科衛生士さんたちも来て頂けるそうで、

お母さんも感謝の気持ちでいっぱいだと

思います・・・(*^_^*)。


そしてこれまで・・・ご近所さんやお友達、

訪問看護師さん・・・etc.


来られるひと来られるひと・・・皆さんが


「お母様はとてもお幸せでしたね・・・。」と、


言ってくださいます・・・。



お世辞でも、素直に嬉しいです・・・。


在宅介護者にとって、それは何よりも

心安らぐお言葉ですよね・・・。



感謝!感謝!でございます・・・<(_ _)><(_ _)>。




自分の価値観で人を責めない。


一つの失敗で全てを否定しない。


長所を見て短所を見ない。


心を見て結果を見ない。


そうすれば人は必ず集まってくる。

                    by 吉田松陰



私も母を見習って、我が家にひとが集まる

家庭を、早く築いて参りたいと思います・・・。


                合掌 !(^^)!

2013年5月 5日 (日)

10代の卒業写真・・・。

卒業写真が出てきました・・・。


小さい小さい集合写真だけれども、

母の小学校の卒業写真が出てきたよ・・・。


素直に嬉しい・・・。


父の10代の頃の写真は、以前から1~2枚あった・・・。


確か15~16歳頃の写真かな・・・(。´・ω・)?



しかしながら生まれてこの方、母の10代の頃の

写真には、お目にかかった事がありませんでした・・・。


若かりし頃の写真といえば、父と付き合っていた

頃の20歳代のものばかり・・・。


年の頃でいえば24歳~25歳位でしょうか・・・。


とても昭和の風が漂う写真である・・・。



でもいつも、少女の頃の写真が見たいと思って

いたんだけれども、探しようがなかったよ・・・。


しかし昨日、ゴールデンウイーク中に遺品を

整理しようと、アルバムを見ていたら、母の

卒業写真の中で、それらしき少女を発見しました。


おぉぉぉこれだっ!


面影はある・・・。


6人目の孫にもそっくりだ・・・(;^ω^)。



この娘にちがいないと、確信いたしました・・・。


なんか胸がドキドキしたよ・・・。


12歳と14歳の頃だろうなぁ・・・。


2枚も見つかるなんて・・・。


超嬉ぴー・・・(/・ω・)/。


1枚は昭和18年3月・・・

尋常高等小学校初等科のもの。


おかっぱ頭に子供服・・・。


2枚目は昭和20年3月・・・

尋常高等小学校高等科のもの・・・。


前髪をピンでとめたセーラー服姿・・・。


セピアだねぇ・・・。


戦時中だねぇ・・・。


感動だねぇ・・・。


う~~ん、永久保存しておかなあきまへんなぁ・・・。


出来るだけ早い時期に、大きく加工して、

メモリーしておこうかな・・・?(*^_^*)。



P.S

もちろん、お父さんの卒業写真もありましたよ・・・。

これも一発でわかりましたわいなぁ・・・!(^^)!

母の50代は・・・。

悲喜こもごもの激動の時代だった・・・。


1982年・・・ちょうど今の私と同じ50歳の時、

母は父さん(私にとっては祖父)を失った・・・悲。



しかしながら、1984年・・・52歳の時には

初孫(男の子)を授かる・・・喜。



喜びも束の間・・・翌年1985年に夫(私の父)

が他界・・・悲。



たて続けに1987年・・・55歳の時に母は母さん

(私にとっては祖母)を亡くした・・・悲。



だが、その2ヵ月後には2人目の孫(男の子)が

生まれ、更にその2ヵ月後に3人目の孫(女の子)

ができた・・・喜X2。



1990年にも4人目の孫(女の子)と5人目の孫

(男の子)ができ・・・喜X2。


母は還暦を迎えることとなる・・・祝。



結局、還暦2年後の1993年にも・・・、

もうひとりの孫(女の子)に恵まれ、

母は、合わせて6人の孫を抱くことができた・・・喜。



これは兄たちに感謝しなければいけないね・・・。


私が出来なかった親孝行を、兄たちは、しっかりと

やってくれたのだから・・・<(_ _)>。



母にとって、これ以上の親孝行はないと思うから・・・。


兄たちには本当にお礼を言わなければなりません・・・。


ありがとう・・・<(_ _)><(_ _)>。



晩年・・・在宅介護においても、介護をするのは

私の役目・・・!(^^)!。


資金面は兄たちが面倒をみる・・・(^_^)


というように、我々兄弟は自然と役割分担が

できていたのは幸いだった・・・。



きっと母も、何の不安材料もなく、心穏やかに

過ごしていたに違いない・・・。



そう思わせてちょうだいね・・・(~_~;)


そして私の50代や如何に・・・(。´・ω・)?


まずは・・・母と同様、両親を亡くしてしまい

ましたなぁ・・・(ー_ー)!!


まわりの皆さんに感謝しながら、

精進して参りましょう・・・。


今日も一日・・・ありがとう!


前を向いて進みます Σ(・ω・ノ)ノ!

2013年4月17日 (水)

父さん・・・。

ごめんね・・・。


ここ数年、母の介護にかかりっきりで、

お墓参りも、仏壇への合掌も、

おろそかになっちゃって・・・。


申し訳ございません・・・。



お父さんなら許してくれると思って、

お言葉に甘えちゃってました・・・。


もうすぐ母の四九日法要ですから、

位牌も出来上がってきたし、

今日は、仏壇のリフォームと掃除を

致しましたよ・・・。



飾りやライトも新調して、障子も張り替えて

準備万端でございます・・・。



ライトなんかLEDになっちゃった・・・。


時代やねぇ・・・。


お父さん・・・分るかぁ・・・?


おかげで30年近くたった仏壇とは

思えないぐらい、綺麗になりましたよ・・・。



もうすぐお母さんも入るからね・・・。


久しぶりに、ふたり一緒だよ・・・。


安心かい・・・?



今月末は、4年ぶりにお墓参りも

致しますからね・・・。


今までは兄たちに任せっきりでしたけど・・・。


待っててよ・・・。


それにしても、お父さんが亡くなって、

もう四半世紀以上経ったんやねぇ・・・。


お父さんは仕事人間で、私が大学4年の時に、

逝っちゃいましたねぇ・・・。


亡くなる一週間前まで、会社に行って・・・

最後まで家族の為に、仕事をしてくれました・・・。



会社で体調を崩し、フラフラになって家に帰って来て・・・。


「救急車呼ぼうか・・・?」との問いかけに・・・


「近所迷惑やから止めとけ・・・。」やなんて・・・。



お父さんったら・・・もう (;一_一)。


何とか説得して、すぐに診てもらえそうな病院を

電話帳で探して・・・私が車に乗せて行きましたね・・・。


すぐに入院となって、3日で意識が無くなって、

ICUのある病院に転院になって、人工呼吸器

つけられて、あっという間のお別れでした・・・。



あの頃の自分は、ほんと何も出来なかった・・・。


あまりにも急で・・・。


ただ見ているだけでした・・・。



ごめんね・・・父さん。


無念の思いは、お父さんも私も、

ずぅっと持ってますよ・・・。


喉に管突っ込まれる時の、お父さんの涙・・・。



ICUへ運ばれた時の「家へ帰してくれ!」と、

言わんばかりの視線・・・。


私の脳裏から、片時も離れたことはありません・・・。


その反省から・・・お父さん・・・

お母さんは、私の出来得るかぎりの介護で、

自宅で平穏無事に過ごせましたよ・・・。



これも全て、お父さんのおかげです・・・。


ありがとう・・・お父さん。


まぁ・・・僕は息子やから、


「お父さんとお母さん・・・どっちが大切?」


と聞かれたら・・・間違いなく「お母さん!」

と答えると思うけど・・・(;^ω^)


世界で2番目に大切なのは「お父さん・・・。」

ですからね・・・(*^_^*)。


心配せんといてね・・・。



まぁ息子というもんは、そういうもんですわぁ・・・。


お父さんもそうやったやろぉ・・・?


あっそうかぁ・・・爺ちゃんが亡くなったのは

お父さんが4歳の時やったねぇ・・・ゴメンゴメン。


まぁ、お父さんは外で、あるていど好きな事も

いっぱいやっていたし・・・。


仕事も充実していたし・・・。


短い人生やったけど、生ききった感はあるでしょ・・・。


その間・・・お母さんは、辛抱づよく、私達を支えてくれた

んやから、勘弁してね・・・。


これからは、二人とも平等に供養するから、

天国でしっかり見守ってちょうだいよ・・・。


ねっ・・・お父さん・・・<(_ _)><(_ _)>。


         合掌 (-_-)zzz。

2013年4月 9日 (火)

母との出会い・・・そしてお別れ。

お母さんとの、もっとも古い記憶はいつだろうか・・・?


何をしていたところかなぁ・・・(-_-)zzz?


よぉ~~く想い返してみると、幼稚園の面接へ行く

途中の歩道の光景かなぁ・・・?



母の右手を私の左手がつかんでる・・・。


細い道路の中央を歩いている記憶がある・・・。


面接の内容は全く記憶に無いんだが・・・(;^ω^)。


母と一緒に歩いているところの想い出

だけが、僅かに脳裏に残っています・・・。



幼稚園への入園前だから、おそらく4歳ぐらい

かなかぁ・・・。


ひとによっては、お腹の中での記憶がある

という者もいるが、私には3歳までの記憶は

残念ながらないよ・・・。



あの日から、私は母を認識できたんだね・・・。


その後は、いっぱい、母の姿を想い起こせるなぁ (-_-)zzz。



そして最後は、孫たちにお化粧してもらった、母の寝顔。


綺麗だったよ・・・お母さん <(_ _)><(_ _)>。